米良が行く夜の散歩では、たいてい何らかのできごとが起こる。
たとえば、喧嘩の場面に遭遇する、変質者とすれ違う、目の前で事故が起きる、などという物騒なものもあれば、全く逆のこともある。
今日はどちらだろう、と思いつつ、香織は眠らずに米良の帰りを待っている。紅茶を淹れて、本を読みつつ、どちらだろう、と気にしている。
ただいま、と廊下から声がして米良が帰ってきた。
香織は部屋に入ってきた米良を見て、怪訝そうな顔をした。正確には、その手にあるものを見て。
「薔薇?」
「もらったんだよ」
米良はコートを脱いで、花をテーブルの上に置く。茶色い紙で覆われているなかに、薔薇が一輪だけある。
横に置いたら花が落ちるのではないかと、香織は手に取る。瑞々しい匂いが僅かにした。
「誰に?」
「花屋さん。最近その店の前を通るから、買って帰ろうかなと迷ってたんだ。そしたら今日、あげますって。俺がよほどものほしそうにしてたのかもね」
そう言って、普段より楽しそうに笑う。ほろ酔いである。米良は酔うと口が軽くなる。いろいろと話しをしたりしたのだろう。
今日は良いことのほうだったらしい。
香織は安堵しつつ、薔薇を見た。蕾から開いたばかりのようで、花弁は見事に白い。
それで、突然気づいた。
「その人、米良のことが好きなんだろ」
米良はふと笑顔を引っ込めた。
「どうして?」
「だってこれ、そっくりだ」
人差し指でさし示す。薄い花弁は白く光に透けていて、幾重に分厚くなった中心は薄く赤く色づいて見える。
米良は口角を上げた。
「俺はこんなに可憐なの?」
「これを見た時と、感じが同じってこと。多分その人も米良に会えた時には、そんな気持ちになるんだろ」
香織はすこし笑いながら薔薇に唇を寄せる。唇で髪に触れた時と似た感覚がした。
花を米良に返して、活けられるものを探そうと席を立つ。白磁の小さな花瓶が台所にあったかもしれない、とそちらへ向かう。
米良は指の間で茎を回して、くるくると花を回転させる。どこから見ても綺麗な形をしている。
「俺はこの花、香織みたいだなって思ってた」
「なに?」
「なんでもない」
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