友人やパートナーに対する触り方とは別のやり方で、香織は米良に触る。それは冷たい雨の降る濡れた夜である時に。裏切りを静かに指摘するような真剣さだから、米良もその時間は笑わないでいる。
 香織はベッドの端に腰かけて、米良の投げ出された両手首の動脈に指先で触れる。
 壁掛け時計の秒針を見て、それから時間が刻々と過ぎるのを待つ。
 脈拍を数えている。
 秒針が一巡し終えて、分かる。
 左右の拍動に差異がある。右側が弱くて遅い。
「目を閉じて、どこに触ったか分かるか言って」
 香織は右腕に触れる。
 言われて米良はその通りに目を閉じる。触覚はなく、麻酔が切れかけている時のような圧覚だけで、それもおぼろだ。
「分かる。分からない、……分からない」
 米良の腕を解放して、香織は静かに呟く。
「零れる砂を数えるみたいに不毛な行いだけど、でも気づかなかったことにはできない」
 横たわる米良の身体を見下ろす。空洞の小さな穴が開いていくのが見えるようで、見なかったことにできない。それは時間が経つごとに不可逆的に増えていくから。
 米良はゆっくりと起き上がり、目線の高さを香織と同じにする。
「別のことも思い出して」
 身体をよせて、耳元で囁く。
「俺が初めて診療所から外へ出たとき、近くの公園を香織と歩いたね」
「ああ」
「その時に、香織は初めて俺の名前を呼んだんだ。香織には目的も意味もなくて、ただ俺を呼んだ」
「……なんでだか、米良は少し動揺してた」
「自分が嬉しいと感じていたから」
 香織は思い出し、晴天の空から振りそそぐ陽の光を見る。
 それから足元に溜まる暗い影も。
「そういうものはずっと残る」
 香織は今の自分たちがどちらの中にいるのか分からない。
「残る。確かだよ」






















(2015.9.21)












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