喉をふさぐ死体の匂いに満たされた場所から解放され、車で夜道を走る。
 血だか内蔵だかの匂いがまだ鼻先で漂っている気がして、香織は助手席の窓を開けて外気を入れた。
 車のヘッドライトだけが暗闇を照らしている。懐中電灯一つだけで洞窟を進んでいるような心細さともつかない、闇に溶けていく安堵ともつかない曖昧な心持ちになる。
 隣で運転する米良を見やると、いつもよりさらに白い顔色で前だけを見ていた。どこか見ているようでどこも見ていない目は暗い赤色をしている。薄い皮膚に血管が青白く透けている。自分も似たような顔をしているのだろう、と思いながら香織は手を伸ばした。ハンドルを握る手に触れる。触れられた手も触れた手も、どちらも似たような冷たさだった。
 米良は呼吸を静かに繰り返す。遠のいていた現実が目の前に現れる。ハンドルから片手を離して香織と手を繋ぐ。手が温度を持つごとに緊張がほどけていく。


 米良はふと目を上げる。あ、と声を出した。
「しまった」
「?」
「あれ」
 手がふさがっているので目で示す。
 促されて、香織も見る。
 夜空の一角に、花火が上がっていた。
 しかしとても小さい。遠すぎるために何も聞こえない。
「今年は行けたらいいなって思ってたの、すっかり忘れてた」
「……悪いけど、来年も多分無理だし、このまま行くと一生無理かもしれない」
「だよねー」
 米良は残念そうにうなだれた。
 ふと香織の頭に昨年話したことが再生される。
「後悔してないか? あの時向こうへ行かなかったことを」
 米良は返答の代わりに香織の指をねじる。
「で、香織は?」
 うっすらと笑いながら怒っている。
「俺は……ここがいい」
 米良はふと笑みを消した。香織が本当に真剣な面持ちをしていたから。彼は遠くの花火を見ている。その下に誰がいたのか、香織はもうあまり思い出さない。
「ここに戻りたいと思う。この先に何があっても」
「ここは光も少なくて、家ですらないのに?」
「うん」
 米良は少し沈黙する。暖かくなった香織の手のひらを再び握る。
「おかえり」
「ただいま」
 香織は冗談のように軽く笑った。





















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