それは美国の一族と、その幾つもの分家が集められたパーティーの日に。
 人々のなかで幼児は香織だけだった。だから彼は白いテーブルクロスが床すれすれまでかけられたテーブルの下で、隠れるように遊んでいた。彼の両親は行儀が悪いと窘める暇もなく、挨拶のために行き来している。会話と音楽で埋められたフロアは騒がしく、華やいでいる。
 そして突然弾けた爆発音と銃声によって全て変わった。
 ひどい音が収まると、気づけば香織は抱きかかえられている。女の腕で。
「息を止めて、目を閉じて、耳を塞いで」
 彼女は言う。香織はその通りにした。
 彼女は香織の顔を肩に押しつける。何も見なくていいように。だから香織はその身体の変化を感じているだけで済んだ。腕が凍りついたように冷たくなり、すぐさま熱くなる。心臓が強く速く拍動する音だけが頭に響く。
 美国はつい先ほどまで話していた人間が血まみれの死体となって倒れている世界を歩く。
 香織は意識を失っている。


 それからの数年間、美国は先代の美国の全てを引き継ぐことに費やしていた。だからあの時の子供がどうなったのか、行方も何も知らなかった。気をはらう時間も思い出す時間すらも持てなかった。ただどこかの施設に預けられていることだけは知っていた。
 ある夜、彼女は眠る前にふと思い出す。肩に掴まる子供の手の強さを。それは抱えていた自分が力を入れ過ぎたせいだけど。
 子供を守るという目的があったからあの時は歩けた。
 翌日に美国は施設を探す。すぐに見つけた。
 子供は九歳になっていた。引き取ることを美国は考え、即座に却下した。後継者を探すような年齢ではないし彼と血縁は薄いけれど、周囲はそう判断しないだろう。巻き込まれてしまう可能性が少しでもあって、自分で対処できる年齢にないなら手元には置けない。
 香織は施設の庭で他の子供と遊びながら、窓ガラスの向こうで手を振った。美国も軽く片手を上げた。
 反応や行動からは他の子供と変わらずノーマルなように思えた。たまに周囲の人間をじっと観察している子供だった。
 数か月かして、美国は再び施設へ足を運ぶ。その後も何度か。
 美国が香織の声を初めて聴いたのは彼が十歳になる頃だった。まだ子供の声で話した言葉は、美国を守るための人員が不足していること、その訓練を受けさせてほしいという内容だった。
「どうして?」
 どうして貴方が? どうして私が? 美国は子供を見下ろす。
「もう決まっているんです。あの時に貴女が貴女になって、俺が俺になったのと同じで」
 二人の頭には同じ出来事が再生されている。
 何年経とうと、いつもそれを忘れることはできない。
「あの場所を今度は俺が歩く番です」
 美国は肩をすくめた。
「それじゃあ今度は、私が黙って目を閉じている番かしらね?」
「貴女を抱えて歩けるように、鍛えます」
 生真面目に頷くので、美国は少し笑った。笑うのは久しぶりのこととして感じられた。



 それからさらにしばらく経って、香織は自身が望んだ人間になった。学習した良識やら分別やらを、ある場面では完全に捨てて、美国に危害を加える人間をきちんと殺せる人間になれた。
 彼は十六歳になっている。
 美国に害を向ける敵は減っていた。
 香織は上手に歩いている。ひとりきりで。




















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